山田寺跡
飛鳥時代の中頃、有力氏族である蘇我氏の一族・蘇我倉山田石川麻呂の発願により造営された寺跡。
乙巳の変時には中大兄皇子側に協力したものの、のちに謀反を疑われ、山田寺で自害しました。
現在は遺構が残るのみですが、かの藤原道長も絶賛したほどの壮大な寺院でした。出土した建築部材は、飛鳥資料館で常設展示されています。
乙巳の変時には中大兄皇子側に協力したものの、のちに謀反を疑われ、山田寺で自害しました。
現在は遺構が残るのみですが、かの藤原道長も絶賛したほどの壮大な寺院でした。出土した建築部材は、飛鳥資料館で常設展示されています。
基本情報
| 住所 | 奈良県桜井市山田1258 |
|---|---|
| 詳細 | 奈良県公式ページ |
あすか遺跡こぼれ話
二上山
悲劇の皇子を偲ぶ
暮れゆく空を眺めていると、二こぶの山に日が落ちていきます。二上山です。この山に眠るのが、悲劇のプリンス・大津皇子です。
かれは文部両道、顔立ちも人柄も申し分ない青年でした。有力な次期天皇候補でしたが、謀反の疑いにより自害。わずか24歳でした。美しい二上山の夕景は、皇子の悲しみを映しているのかもしれません。