大官大寺跡
藤原宮の条坊内に配置された国家寺院跡で、「飛鳥・藤原」最大の寺院でした。
天武天皇時代に一度完成したと考えられていますが、その後再び造営が行われ、東アジア各国に共通する国家のシンボル・九重塔などの造営が進んでいたようです。結局、建設途中に火災で焼失し、平城京遷都とともに移転されることとなりました。現在に至るまで、平城京大安寺として受け継がれています。
天武天皇時代に一度完成したと考えられていますが、その後再び造営が行われ、東アジア各国に共通する国家のシンボル・九重塔などの造営が進んでいたようです。結局、建設途中に火災で焼失し、平城京遷都とともに移転されることとなりました。現在に至るまで、平城京大安寺として受け継がれています。
基本情報
| 住所 | 奈良県高市郡明日香村小山 |
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あすか遺跡こぼれ話
二上山
悲劇の皇子を偲ぶ
暮れゆく空を眺めていると、二こぶの山に日が落ちていきます。二上山です。この山に眠るのが、悲劇のプリンス・大津皇子です。
かれは文部両道、顔立ちも人柄も申し分ない青年でした。有力な次期天皇候補でしたが、謀反の疑いにより自害。わずか24歳でした。美しい二上山の夕景は、皇子の悲しみを映しているのかもしれません。