定林寺跡

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創建や沿革については、よく解っていない。寺伝によると聖徳太子御建立七ヵ寺の一寺とするが、その創建や寺史については全くわからない。渡来系氏族の氏寺の「立部寺」との説もある。
しかし、現在の定林寺の西側、字奥の堂の神社境内に塔跡をはじめ土壇や礎石などの建築遺構があり、昭和27年石田茂作氏らの発掘調査の結果、塔の心礎が確認され、さらに塑像の菩薩の残欠や素弁蓮華文の瓦片などの出土があって、飛鳥朝創建の寺院と考えられている。
また昭和28年12月に行われた日本考古学協会の発掘調査では、塔跡と回廊跡の発掘調査が実施された。
その結果、塔跡では地表下6尺7寸(約2メートル)の位置に東西9尺3寸(約2.82メートル)、南北5尺8寸の花崗岩の石材に径2尺7寸(約82センチ)、深さ3寸(約9センチ)の円形柱座を掘り込んだ心礎が検出された。また地表面から心礎までの空洞を埋めたなかに塑像片、古瓦片などが遺存していた。また回廊についても一部発掘が実施され、桁行8尺2寸(約2.48メートル)、梁間9尺(約2.7メートル)の建物であったことも確認された。 

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