坂田寺跡

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日本書紀(巻第二十一 用明天皇)に、「約4.85メートルの仏像と寺を建てて奉った。坂田寺の木製の仏像とけふじの菩薩がそれである。」と記されている。
明日香村 大字 阪田に所在する。鞍作氏の氏寺とされる。
606年鞍作鳥が天皇から田を二十町賜り、坂田寺の造営に充てたことや、686年大官大寺・飛鳥寺・川原寺・豊浦寺・坂田寺の五寺で無遮大会がおこなわれていることが文献から明らかである。
鎌倉時代になると、多武峰や興福寺の末寺化していく。
奈良国立文化財研究所によって、最初に発掘調査がなされたのは1972年である。発掘調査によって明らかにされたのは主に奈良時代の遺構であり、創建時の様相はいまだ不明な点が多い。また、十数次にわたる発掘調査が奈良文化財研究所や明日香村教育委員会によってなされているが、伽藍配置についても詳らかになっていない点がある。奈良時代の主要な建物には金堂・講堂、回廊、基壇建物二棟などがあり、石組溝や井戸なども検出されている。金堂・講堂の北東には鎮壇具を納めた土坑がみつかっており、鏡・金箔・絹糸・銅銭・水晶玉などが出土している。また「坂田寺」と記された墨書土器や、素弁蓮華文軒丸瓦、忍冬唐草文軒平瓦などが出土している。

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